タイムカプセル

夜の葛藤、本が読みたい

学校に戻り、研究室の自分の席へ行った初日。よく眠れなかったせいで、一日中やはり疲れていた。午後のミーティングを終えた後、友人と必要なものを買いに行った。これで明日の朝、目を覚ましても空腹に苦しまずに済む。

もうすぐ、めでたく新しいルームメイトを迎える。1LDKの部屋を二人で分け、自分は居間へ移る。家賃を一か月に八百ドルほど節約できるので、そう考えれば割には合う。ただ、二人の荷物は少し多く、この小さな部屋に収まるかどうかわからない。居間と寝室を結ぶ廊下はかなり狭く、いくつかの家具は一度解体してから組み立て直さなければならなかった。かなりの時間と体力を使った。これを書いている今も、部屋はまだ相当に散らかった状態である。

ミーティング中に自分の席で騒音を立てないよう、隣の小部屋へ移って参加した。ところが、二か月前に買ったばかりのシャツをそこに置き忘れてしまった。この記事を書きながら、何度もその服のことを思い出した。明日起きたら急いで学科へ見に行こう。なくなっていないとよいのだが。

居間に住むので、ドアを開ければすぐにベッドが見える。プライバシーのためには、どうしてもカーテンか衝立を置かなければならない。カーテンをつければ、空間はたちまち窮屈になる。心の健康にあまり影響しないことを願う。それでも、少なくとも自分の空間は再びできた。

ここまで書いたのに、どうやら題には答えていない。荷物を片づけているとき、突然、空虚さと無意味さに襲われた。自分にはもう、それほど知識を求める気持ちがないように感じる。まだ知識欲があるふりをして、研究をしなければならないのだろうか。それでも、真剣に読んだり、ものを考えたりしているとき、自分は確かに楽しい。もちろん、それを誰かと分かち合うときも。急に環境が変わったことで、ある種の考えが一度に押し寄せてきたのかもしれない。博士課程の一年目はこうして終わった。それでも、碩学の域には、まだまだ遠い。

(ここまで書いて詰まった。)考えることがますます増えていくようで、頭が少し処理しきれない。何かを実際にやれば、少しはよくなるのだろうか。

リールを眺めるためのアプリをアンインストールする。ユーモアのセンスはもう十分に手に入れた。

とはいえ昨日、その同じアプリで友人FWの投稿を見た。そこには、史鉄生先生が『地壇と私』(『我与地坛』)に書いた一節が引用されていた。「しかし太陽は……」から始まる、あの一節。この本は以前に読んだことがあるのかもしれないが、内容はとうに忘れてしまった。自分にはこのような文章は書けない。研究と授業の合間に、もっと本から知識を求められたらと思う。まずは『地壇と私』から読もう。


さらに:資格試験の勉強中に見つけた「穴の数の保存則」について書いてみたい。電磁気学では、文字変数の上にある穴が、ある種の保存則を満たしている。これは、それらの文字変数に含まれる物理とも関係している。面白い題材である。

本稿はGPT-5により原文から翻訳されました(2026/08/13)。相違がある場合は原文を優先します。